梅雨空の飯田橋はもうすぐ昼だというのにどんよりと暗く、たまに行く鮮やかな色の傘だけが目を引いている。お堀端の桜並木沿いに立つ前田建設はファンタジー営業部でも、外から聞こえる雨特有の車の音と、学生さんの笑い声と、そしてキーボードを叩く音以外は聞こえない静けさであった。
ところでファンタジー営業部とは何かをご存じない方も多いと思われるので説明すると、厳しい建設業界で唯一手付かずの新市場が、毎週のように構造物が壊されては再建されるという「アニメ・マンガの中の世界」であると気付いた弊社が2003年2月に新設*1した、ちょっと変わった営業部である。部員は4名。
突然、電話の音が静寂を打ち破り、受話器をいち早く取ったのが、いつもの新入社員でなく、なぜか最年長のA部長だったのは、それが新しい、大きな仕事の幕開けであることを暗示していたのかもしれない・・・ところで、その受話器をとったA部長の様子が変である。 |
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A部長: |
はい、前田建設ファンタジー営業部で・・・エ、エ、エ、エート。ウ、ウエイトプリーズ。 |
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B主任: |
どないしたんや。「ウエイトプリーズ」て、今時の中学生からも、なかなか聞かれへんで。 |
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C主任: |
海外からダイレクトインかな?うちではめずらしい・・・いや、初めての事だね。 |
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D職員: |
しかもアジアからならわかりそうなもん*2だけど、英語圏らしいし。 |
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C主任: |
いやアジアの国でも案外電話は英語だよ。お互いブロークンの。 |
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A部長: |
・・・お、おいすまないが、国際支店にこの電話、急いで転送したいんだけど、何番? |
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電話を受けた国際支店の職員によると、電話は「知る人ぞ知る」とある世界的大富豪からのもので、その用件は「日本をベースに民間の国際救助隊を組織したいので、その初期費用と出来ればランニングコストを算出してほしい」という内容であった。当然、なぜ日本で、なぜ前田なのかの議論になった。 |
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A部長: |
そこはその依頼者、案外クリアでね、日本なのは「ロボット」を中心にした国際救助隊にしたいからなんだそうだ。でだ、ウチに話が来たのは「ロボット&格納庫建設」でWeb検索かけたら、2番目にウチの名前が出たと・・・。 |
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B主任: |
ほんまですか。よーう外国の方がわざわざ日本語で、しかも日本の検索エンジンで検索してくましたな。 |
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D職員: |
嬉しいといえばその通りですが、一方ではProject01で「ウチはマジンガー本体を作れないから、基地を作るんです」ってさんざん説明してきたつもりだったんですがねぇ。 |
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B主任: |
あー、可愛げのないやっちゃ。ええやないか。あの長—い本文はな、日本の方でも「読むのキツイでっせ」て、しょっちゅう言われるんやで。それを目の青い方にまで期待してはいかん。感謝せな。 |
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A部長: |
目が青いかどうかは国際支店で確認中だが、彼はその非常に漠然とした、自由度の大きい依頼の中で、幾つかは制約条件をつけているそうだ。まず隊に配備するロボット。それに関しては向こうがすでにご指名をしてきている。 |
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C主任: |
実は海外でひそかに「二足歩行巨大ロボットを完成させているメーカーがある」なんてストーリーですか。 |
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A部長: |
うん。私も今の仕事柄、マジンガーなどの二足歩行型をすぐ思い浮かべてしまったんだが、もっと現実的だった。より実践的、目的に特化したロボットをご指名だよ。日本にあるNPOに「国際レスキューシステム研究機構:略称IRS」というのがあるそうだ。文部科学省が「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」という、大都市圏において阪神・淡路大震災級の大地震が発生した際の被害軽減を目的に立ち上げた研究プロジェクトがあって、その中の「災害対応戦略研究」におけるコア組織なのだと。 |
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D職員: |
う。まぶしいというか難しいというか・・・。 |
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A部長: |
「RoboCup」というイベントの名前は聞いたことがあるだろう。私はロボットでサッカーし競う競技と思っていたが、それ以外にも小学生から簡単に参加できる「ロボカップジュニア」と、そして大規模災害を想定したロボット競技「ロボカップレスキュー」があるんだそうだ。そのレスキューリーグのまとめ役をしている組織でもある。 |
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C主任: |
具体的にどういう方が集まっているのですか。 |
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A部長: |
実質的な中心は有名な大学の先生や研究者だね。中でもロボット、それもそういった目的に特化したロボットを専門にした。でも民間の方も参加されているから文字通り、産官学連携の組織ではあるようだ。 |
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C主任: |
ということは、彼らはロボットの専門家集団ということですね。 |
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A部長: |
そうだ。だから我々は、足りない部分を含めて、救助隊というパッケージをつくらなければいけないということだ。 |
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D職員: |
・・・うーん。今回ばかりは残念ですけど、お断りすべき仕事なのかもしれませんよ。ロボットは彼らが、そして基地はウチでどうにかなるとしても、国際救助隊だから例えば「飛行機」も検討しなきゃいけないし、またかっこいい「制服」も必須です。さらに難しいのは、それを可愛く着こなす、華のある女性隊員も最低1人、最近の傾向では2人位いるのが、こういったチームのお約束ですから。 |
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B主任: |
汗かきの太った隊員も一人くらいな・・・って、お前はどないしても、そういう発想*3やな。 |
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C主任: |
女性隊員は僕がなんとかするとして、確かに飛行機や制服は問題ですね。 |
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B主任: |
(小声で)おい、聞いたか?なんか余裕の発言やな。モデル事務所の社長かいな。 |
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D職員: |
(小声で)知らないんですか?C主任って凄いもてるらしいですよ。 |
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C主任: |
ただ建設ってプロジェクトマネジメントそのものですから、異業種を束ねるという点では適任かもしれませんね。しかも建設業って災害救助にも縁が深いから・・・この辺は土木の二人のほうが詳しいでしょうが、案外、最適解なのかもしれないよ。 |
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D職員: |
え、ウチも災害救助に出動したりするんですか? |
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弊社、というより建設業というべきかも知れないが、実は我々、災害救助とはかなり縁が深い。すでにProject01のPart06でも「遠隔操作による無人施工機械」についてご紹介したが、例えばこれは、まだ皆様の記憶に新しい中越地震の復旧(人命救助)の際に2次災害防止のため、実際に現場へ赴き作業させていただいた。(詳しくは弊社CSR報告書、19ページをご覧いただきたい。)
その他にも当社現場が災害地から最も近い場合、弊社施工物件で技術的造詣が深い場合、あるいは弊社特有の技術が有用な場合など、様々に「出動」を行っている。機会があればいずれ、このトピックスも詳しくご紹介させて頂きたく思う。
また建設工業新聞6月18日の記事によると、消防庁でも地域の防災・防犯活動に対して支援する「地域安全安心ステーション整備モデル事業」を本格実施する方針を最近決めたばかりだが、これまでのモデル事業において地域の建設業者が主体となった組織形成が進んでいるというが、このように建設と災害救助は縁が深いのである。
それにしても国際救助隊となればスケールが大きく、果たして弊社で検討できるのか。議論は白熱した。部屋の空気がよどみ、さすがに疲れ、皆から言葉が出なくなったその瞬間、A部長が決断した。 |
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A部長: |
受けようじゃないか・・・我々だけではとても無理だが、我々がプロデューサー的役割を担い、他社さんのお力を借りれば何とかなるだろう。今までだってそうしてきたんだ。通常のミッションと全く異なる一つの目標に向かって、全く縁の無かった異業種の方と検討する過程は、またとないいい勉強の機会になるはずだ・・・私の部下になったのを不幸とあきらめ、早速手分けして、どのような会社にお手伝いいただくべきかリストアップしてくれ。 |
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D職員: |
(小声で)今日の部長は、何かが違って見えますね・・・ |
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B主任: |
(小声で)毎回の検討で、一度はキラリと光る、いい事言うんよね。 |
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A部長: |
この手で、女房も手に入れた。 |
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B主任: |
(慌てながら)本音はクライアントが「世界的大富豪」いうのに惹かれてるんちゃいます? |
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A部長: |
そういう考えで結婚すると、まず失敗する。 |
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C主任: |
体験談かどうかは、聞かない方がよろしいですか? |
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A部長: |
そうしてくれ。 |
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営 業 情 報 速 報 |
入手日 |
2006.6.30 |
支店名 |
本店 ファンタジー営業部 担当者:A部長 |
発注者 |
謎の世界的大富豪(国際支店にて詳細調査中) |
顧客区分 |
民間 業種:大金持ち |
工事名 |
民間国際ロボット救助隊実現検討調査(コンサルタント業務) |
工事場所 |
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工事目的 |
日本に基地を置き、日本のロボット(「国際レスキューシステム研究機構:略称IRS」の所属/開発中の機体中心)を使用した、純民間で組織・運営する国際救助隊はどのようなものになるか概要の検討を行う |
工種 |
プロジェクトマネジメントノウハウを流用したコンサルタント業務 |
設計者 |
—————— |
入札区分 |
特命・随意契約 |
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リストアップの上、ファンタジー営業部からご協力をお願いしたいと考えた企業様は以下の通り。 |
1. |
全日本空輸様(救助隊の移動手段他について) |
2. |
オンワード樫山様(救助隊の作業服および制服について) |
3. |
コマツ様(機動性の高い救助作業車やその他機器について) |
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A部長: |
いや・・・見事なまでに凄い会社ばかりだね。そう都合よくご協力いただけるとは思えないが、動かなければ始まらない。熱意でぶつかってきてくれ。 |
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B主任: |
おやDさん。華のある女性隊員確保用に、モデル事務所とか入れんでええのですか? |
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D職員: |
救助隊には明るく華やかな「ひまわり」が必要ですよね。苦しい時に隊員を励まし、苦難の時には意志の強さを発揮する素敵な女性が合うんです。個人的にもそういう方が好みです。 |
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B主任: |
お前は救助隊評論家かぃ・・・けど、あるかもしれんで「ひまわり」専門の事務所・・・。 |
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A部長: |
はいはい。個人的趣味の披露は後にして全員出動〜!頑張ってきてくれよ。 |
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そしてその結果、熱意だけの拙いプレゼンテーションにも関わらず、全く本当に有り難い事に、打診した各社様全てに本企画への協力をご快諾いただいた。ここで重ねて御礼を申し上げたい。 |
これに |
4. |
NPO法人国際レスキューシステム研究機構(IRS:レスキューロボットの開発・製造・運用) |
5. |
前田建設工業(救助隊基地の検討) |
6. |
前田製作所(機動性の高い救助作業車やその他機器について) |
が参加し、実現検討を開始する。 |
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なおIRSには日本を代表するキラ星の如き優秀な大学の先生や学生さんの他に、ボランティアベースで現場経験3年以上の現役消防士さんを中心とした関係組織「国際レスキューシステムユニット(IRS−U)」が存在し、「現場第一線の立場」からロボット救助隊について、こちらの方々にもご協力をいただけるという。
これだけの才能と能力をまとめていくというその重大な責任に、いよいよ気を引き締めるファンタジー営業部員達であった。 |
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