フジプラントの一画にある現場詰所では、前田建設ファンタジー営業部の面々と、鉄十字軍団の責任者たちが、キックオフミーティングを始めていた。屋内ゆえ前田職員は、黄色に青線のメットを脱いでいたが、鉄十字軍団は特徴的な目まで隠れる鉄兜をかぶったままだ。
「それでは『原価開示方式』の説明に移ります。」
C主任が説明を始めた。
「『原価開示方式』の1つ目の特徴、それは、今回の光子力供給プロジェクトにおいて発生するすべての工事の原価を、光子力供給CMrである前田建設から発注者であるドクターヘル様や世界各国の政府・・・まずは日本政府などの関係者にその都度開示するものです。」
それを聞いていた鉄十字軍団の面々は、当然だと言わんばかりの顔つきだった。C主任はそれに軽く驚きながら説明を続けた。
「すべての工事原価は、光子力供給CMrの前田建設が管理し報告にまとめます。そして、実際に発生した金額については、ドクターヘル様と新光子力研究所の承諾を必ず得るプロセスとし、原価の透明性を確保します。一方で、光子力供給CMr(前田建設)の利益率・・・報酬ですね・・・については、事前にドクターヘル様、日本政府などの関係者間にて合意を得ておくことで、原価と報酬を分けて支払いを受ける、という方式です。」
聞いていた鉄十字軍団の一人が質問をした。
「我々に、人類の工事の仕組みはわからんが、今の説明を聞く限り、このやり方は非常に素直な考え方で、発注者にも受注者にも分かりやすいように思うが。」
C主任は丁寧に答える。
「日本の建設業の一般的な工事契約は、まだまだ請負契約が主流です。契約した金額の中で我々受注者が工事を行い、そこでかかった費用の多い少ないにより、我々の利益ないし損失が決まる方式です。」
「それではお前たち人類のことだ。何とかして費用を最小化し、利益最大化を目指すに決まっているではないか。」
「リスクと動機づけの問題と捉えられるでしょう。リスクとは、無理して費用を最小化すること・・・つまり手抜きですね・・・そんなやり方で建てた構造物は、必ず不具合が出るでしょう。そのような実績を作った建設会社は次の受注が難しくなり、社会的な制裁を受けます。だから我々はそのようなリスクを取らないのですよ。しかし、今、おっしゃられたことが、我々受注者側に工事費用を最小化する動機づけがない、という指摘だとしたら、それはその通りということになります。」
「どういうことか?」
鉄十字軍団と話していると、戦国武将の評定に参加しているような気になってくるなぁとB主任は思った。彼らはドクターヘルやブロッケン伯爵から、人類に対して常に威厳のある話し方をするよう教育されてきたに違いない、と思いながら、彼がその質問に答えた
「それが『原価開示方式』の2つ目の特徴、つまり発注者だけでなく、我々受注者側にも工事原価を下げる誘因が働くっちゅうことです。」
「話を先に進めよ。」
「御意。分かりやすい対比で説明してみましょ。従来の請負方式では、最初に決まった発注金額・・・受注者側からみれば請負金額・・・は、建造物が完成するまで固定化されたままですのや。つまり、どれほど費用が掛かっても、あるいは費用が掛からなくても、発注者が支払う金額は一定っちゅうわけですわ。」
「ふむ。それで。」
「受注者側からすれば、想定していなかった費用の負担は避けたいので、いろいろなリスク分をバッファー・・・余裕代、予備費でんな・・・として見ておきたいわけです。」
「『原価開示方式』は違うと言うのか。」
C主任は、殊更大きく頷いて見せた。
「左様。」
彼も少し調子に乗り、時代劇風に始めた。
「『原価開示方式』では、そういったリスク用の予備費を一切取り除いた工事原価を積み上げることで、当初取り決めるターゲットの原価を抑制します。そして、工事が進捗したら、実際に発生した原価と当初取り決める原価=ターゲットプライスとの差額分析を行い、これも発注者様と情報共有させていただくのです。」
それを聞いた鉄十字軍団がようやく反応を示した。
「実際の原価と、あらかじめ決めてあったターゲットプライスの差額・・・ここのどこに、受注者の工事原価を下げる誘因があると言うのか。」
C主任はどや顔で回答する。
「先ほどの差額が『ターゲットプライス > 実際発生原価』であれば、それは皆にとっての『利益』ですね。その利益分を発注者と受注者でシェア=分配するのです。つまり、実際の発生原価を下げれば下げるほど、発注者にとっても受注者にとってもシェアする利益ののりしろが大きくなる仕組みなのです。」
D職員は鉄十字軍団が深く頷きながら聞く様子を見て思った。案外彼らは素直なんだな・・・それにしてもあの深い頷き・・・あの鉄兜、結構軽くできてるのかな?
B主任が畳みかけに掛かった。
「『原価開示方式』のキモは、いわゆる原価のガチンコ勝負っちゅうわけでんな。まず一切合切、すべてのリスク予備費=バッファーを排除したターゲットプライスを設定する。さらには発生コストをすべてさらけ出し、なおかつ現場のあらゆる創意工夫で下がった分はドクターヘルはんと我々でシェアすることで、お互いが同じ方向を向く・・・どうでっか、これこそ真の『共存共栄』っちゅうわけですわ。」
以降も鉄十字軍団の理解力は総じて高かったが、彼らは最後に本プロジェクトに当てはめた具体的説明を欲しがり、そのために彼らはまず、これから彼らが作ろうとしているモノ・・・光子力受取側工区の設計や施工について・・・説明を始めたのだが、それは驚くべき内容だった。
「我々、光子力受取側工区の工事には図面はない。ヘル様のお指図により、鉄骨などをランダムに、鳥の巣のように、筒状に編みあげていく施工となると聞いている。それ以上の情報は、今存在しない。」
B主任、C主任、D職員は各々、鳥の巣のような筒のイメージ作りに集中したが、A部長だけはそれを行わず、彼らに即応した。
「それらの材料はすべて、皆様から御支給いただけるのですか。」
「いや。人類からも鉄骨や木材、場合によっては超合金NewZなども『購入』させていただく。」
鉄十字担当者は殊更『購入』を強調した。なるほどこれが『調達』であれば、人類はこれまでの経験から『強奪』も含めたものと理解しただろう。鉄十字担当者は、人類との『共存共栄』というドクターヘルの想いを、確実に我々に伝えたかったのだろう。彼らの教育はかくも徹底している。
「わかりました。我々前田建設がCMrとして『原価開示方式』、つまりオープンブック10およびコストプラスマネジメントフィー方式11で行う限り、皆さんのかかった費用を我々に教えてくれさえすれば結構です。」
鉄十字担当者は大きく頷いた。
「それはこちらも助かる。ブロッケン伯爵もお喜びになるだろう。我々もこれまで、人類の建設会社と数回裏で交渉した経験があるが、そこではいずれの場合も『図面もないなんて、そんなやり方じゃ積算できないじゃないですか』と突っぱねられた。お前たちは一味違うな。」
D職員がたまらず聞いた。
「そんな場合は・・・どうしたのですか。」
「当然、我が軍の侮辱にあたるので、ほとんどの場合、引き金を引いて交渉を終わらせてきた。」
D職員とB主任が早速、囁き合う。
『いや良かったですね・・・ウチに『原価開示方式』が無ければ、今ここでハチの巣でした。』
『それより鉄十字軍団が、これまでも人類の建設会社と打ち合わせてたことの方が驚きや。』
A部長は淡々と続けた。
「我々は工事原価を発注者であるドクターヘル様、ならびに日本政府に開示し、彼らからコストと、そのコストの合計に一定の率を乗じたマネジメントフィーをいただければよいのですから、可能なのです。」
C主任が追加の説明を行う。
「ただ今回は、皆さん=鉄十字軍団や機械獣に関わる労務費、および皆さんが準備された資機材費はすべて人類側、つまりCMrである我々にも請求しない、とのドクターヘル様の仰せです。しかしながらCMrである当社としては工期内竣工を確実なものとするため、鉄十字軍団の皆さんや機械獣の作業内容や労働時間は、きちんと把握させていただきたいと考えています。」
その話の半分は本当だったが、しかし残りの半分は、明日にでもまた戦闘を仕掛けてくるかもしれない彼らの能力を押さえておきたいという、新光子力研究所の要望でもあった。
詰所を後にしながら、C職員は不安そうに他の部員へ声をかけた。
「最後の歩掛り12把握、ちょっと見え見えでしたかね。」
A部長がまっすぐ前を向いたまま答えた。
「向こうもすべてお見通しさ。もっと酷い企みをしていると思った方がいい。」
「そや、考えすぎはいかん。いつものCMr業務と同じに、淡々とやるだけや。」
そう言いながらB主任はD職員に肩を組んだ。
「最先端のi-construction事例がたくさん集まるんやから今回は。ジャイアンF3とタイターンG9の生産性向上データは、前友会13のQC発表会でぜひ報告してもらいたいもんや。」
「言い出しっぺのB主任には、ヨコテン14の仕方も考えてもらわないといけないですね。」
一方、鉄十字軍団から『原価開示方式』によるプロジェクト推進の報告を受けたブロッケン伯爵は、低く押し殺した笑い声を出した。
「そうか。人類はそのような面倒な方式を持ち出したか。我々なら目的にただ真っ直ぐに仕事を進めるだけの話だがな。その『原価開示方式』も完璧ということはあるまい。何とか『原価開示方式』の弱点を見つけ出し、そのルールを逆手に取り、人類自身の手で、前田建設の息の根を止めさせればよい。」
果たして『原価開示方式』は、神でなく悪魔にもなってしまうのか。