「ダメです。『原価開示方式』には隙がありません。」
鉄十字軍団は弱音を吐き始めていた。彼らは様々な手を使い、前田建設の立場を悪くするよう努めてきたのだ。
例えば鉄十字軍団は、ネットに次のような書き込みを大量に行った。
『前田建設に良からぬ噂が立っている。今回採用されている『原価開示方式』では、ドクターヘルが提出してきたコストに対し、前田建設はCMr業務の報酬を乗せて受け取るだけとなっている。つまりドクターヘルが過大なコストを提出するほど、前田建設も儲かる仕組みだ。これでは黒い関係を疑われても無理はない・・・。』
ところがその書き込みに対して、直後から反論が並んだ。
『これ『原価開示方式』の仕組みをキチンと知ってたら、絶対ありえないとすぐわかるレベル。』
『書いた人こそ、きちんと勉強すべき』
『ドクターヘルは今回発注者。工事はなるべく早く終わらせたいはずだし、コスト増加も避けたいはず。そこをどう説明するのか。』
結局、この試みは失敗に終わった。
そもそも鉄十字軍団には原価という概念がなかった。彼らにとって調達=強奪だからだ。彼らの最高責任者であるブロッケン伯爵からして、鉄十字軍団を働かせるだけ働かせることこそマネジメントであった。彼らや機械獣が倒れれば、それを補充するだけだった。
しかし今回は、CMrである前田建設の指図で、鉄十字軍団の兵士にはタブレット端末を持たせ、あらゆるデータを取っている。すると驚いたことに「見える化」効果で、鉄十字軍団にも原価意識が表れてきたというのだ。中には、自ら工夫まで行う兵士が登場するという始末・・・ブロッケンはそれが面白くない。鉄十字軍団は悪の軍団だ。それが前向きに改善をしてどうする・・・。
しかし『原価開示方式』は頑張れば頑張るほど利益率が上昇し、鉄十字軍団および鉄仮面軍団がメリットを得るだけでなく、発注者、つまりドクターヘルの利益も増える方式である。優秀なAIを持つジャイアンF3もタイターンG9も、やればやるほどドクターヘルへ利益が還元されるという『原価開示方式』の考え方を体得してしまい、今や日々改善で効率よく働いていた。
いよいよブロッケンは面白くない。
彼に叱責された鉄十字軍団や機械獣は、その『原価』をごまかし前田建設を困らせようとした。
「お前たちが我々に持たせたタブレット端末、あれを原価に含めているのはおかしい。であれば我々の必需品である銃も原価に加えるべきである。」
鉄十字担当者のコメントを聞いたC主任は、子供に諭すように反論した。
「タブレット端末は、光子力供給工事のマネジメントに必要なモノであり、原価性を有しますが、銃は明確に工事には不要です。原価性はないですよね?」
この結果、逆に現場では、鉄十字軍団が銃を携帯しない決まりとなってしまった。
以降も鉄十字軍団は、現場事務所の新聞代、夜食代、来客時お茶代・弁当代、NHK受信料など、細かい事務経費について原価に参入すべきか否か、重箱の隅をつつくように前田建設に問い合わせ続けた。
しかし、『原価開示方式』では、マネジメントに結び付かない原価は対象外としている。あくまでフィーの対象となる工事原価は、実際に発生した光子力供給のための原価に絞られている。ルールは明確であり、レシート一枚から、しっかり記録される仕組みが構築されていた。
『原価開示方式』では数量×単価で金額を細かく設定し、その実際の発生原価をチェックしていく仕組みになっている。すると問題は関係企業間の財務・経理システムが異なる場合に発生原価の把握手間が膨大なものになってしまうことくらいだった。つまり今回の工事で言えば、ドクターヘルと、新光子力研究所と、前田建設の財務・経理システムが異なる15場合に、発生原価把握の経理処理が非効率になる、ということだ。そのため前田建設にはDiXというソフトが準備されている。
これは異なるフォーマットのデータベースやCSVファイルを統合・調整できる機能を持ち、前田建設の第3次基幹システムから吐き出される工事原価のデータを、発注者や関係者のフォーマットに基づいて分かりやすくアウトプットできるものである。ただしこれが今回、鉄十字軍団や新光子力研究所にも支給されか否かは、不明である。
「どうだ前田建設。我らのジャイアンF3やタイターンG9の働きぶりは。」
D職員はその日初めて、あしゅら男爵のユニゾンボイスを生で聞いたため、実は軽く感動しながら答えた。
「いや、素晴らしい進捗です。特にジャイアンF3のクローラ移動方式に合わせ、機械獣がそのまま載れる工事用エレベータを投入したのは大きかったですね。」
ブロッケンが苦々しい顔で聞いてきた。
「タイターンG9の大玉転がしによる、CO2低減効果の評判はいかがか。」
A部長が満面の笑みで答える。
「それは素晴らしい成果を上げています。建築工事においては土工事、大量の掘削土砂運搬にかかるバックホウやダンプトラックからのCO2排出がほとんどを占めるのです。その掘削土砂をタイターンG9が丸めて大玉にしてしまい、それを転がして所定の場所まで運んでくれるわけですから、ほぼCO2排出量はゼロ・・・画期的ですよ。」
「あの大玉を作り上げる技術をぜひ伝授いただきたいと、前田建設の技研メンバーも言ってます。」
C職員が付け加えた。D職員などは今やすっかり、タイターンG9の熱心なファンになっているようだ。
「大玉転がしているときの彼の顔は、心なしか笑っているように見えます。彼の人工知能は、持続的な地球づくりに貢献していると、やりがいまで認識するようになったと思いますよ、僕は。」
それを聞いた一同は、『乾いた』笑い声をあげた。
ここまで一緒に仕事をすれば、やはり互いの本音は見えてしまう。間もなく人類は彼らと再び戦うことになるのだろうと、前田建設ファンタジー営業部の職員は皆、感じていた。
『建設プロジェクトでは何より、パートナーシップの構築が重要なのですよ』
A部長は心の中で、ブロッケンに語り掛けていた。(了)