ICI総合センター

建設と異業種のオープンイノベーションで従来にない付加価値を与え、多様な社会課題を解決する。

Introduction

2019年2月、茨城県取手市に「ICI※総合センター」(以下ICI)が誕生した。総合インフラサービス企業を目指す前田建設が、さまざまな企業や公的機関とオープンイノベーションを主体とした共創に取り組む中核拠点である。その取り組み自体が次々と現れる社会課題の解決に向けた一大プロジェクトであり、前田建設の未来を創造する最重要ミッションである。先頭に立つのはICIセンター長の岩坂照之。1993年の入社以来、自ら「前田建設のなかでも一番変わったキャリア」と語るほど社内外で多種多様な経験を積み、“副業”でもユニークな発想で注目を集めてきた。無数の要素が複雑に絡み合うオープンイノベーションの世界は、まさに岩坂のキャリアが最も活かされる場であり、その手腕に期待が集まる。
※ICI:Incubation(孵化)×Cultivation(育成)×Innovation(革新)の頭文字

Project Members

ICI総合センター 長

岩坂 照之

Teruyuki Iwasaka

1993年入社/交通土木、都市景観デザイン専攻

バブル景気の真っただ中で就職先に選んだのは、
地味で堅実そうな建設会社だった。

岩坂の学生時代はバブル景気の絶頂期だった。都心にはデコラティブな建造物が相次いで建設され、景観を一変させていった。そうした環境のなかで、ごく自然に都市景観デザインを学び、建築学科の学生とコンペにも応募していた。就職先の選択肢は3つあった。役所に入って公共の建造物を手掛ける、設計を主体としたコンサルタント会社を目指す、そして施工会社に入社するという選択である。恩師も周りの友人たちも岩坂は役所向きではないという意見で一致しており、本人も同じ考えであった。コンサルと施工会社の2択に絞り、コンサルでアルバイトをしたり恩師の意見を聞いたりするなかで、現場やコストを学べること、入社後の向き不向きでいろいろなキャリアパスを選べることから施工会社に照準を定めた。前田建設を選んだのは、「チャレンジより堅実性を重視する会社だと感じたから」と岩坂は言う。前田建設の現在の社風や岩坂の実像からは考えにくい理由だが、当時は本人も先進的なことを何かやりたいという意識は薄かったと語っている。

現場から始まり、大学での研究や経営企画、広報など多種多様なキャリアを経験。

入社から8年弱、岩坂はシールド工法の技術開発に従事した。シールドマシン(掘削機)という巨大な機械を使ってトンネルを掘り進めていく工法の自動化技術である。東京湾アクアラインの建設にも参画した。アクアラインの現場には、前田建設はもちろん、業界各社が最新の技術を投入した。岩坂が入社したのは、それらの技術を急ピッチで仕上げながら現場に投入していくさなかであった。シールド工法はトンネルの最先端にある掘削機だけでなく、その後方で掘削機を支えるさまざまな機械を状況に応じ連動させるため、操作には多くの人員が必要であった。岩坂はこれを自動的に連動させ、シールドの掘進(堀り進み)を一人で操作できるシステムを開発していた。全国の現場で鍛えたシステムや技術をアクアラインの現場で組み上げ改良を加え、それをさらに全国で展開していくという業務であった。当時、岩坂が開発したシステムは、今もバージョンアップしながら各地の現場で用いられている。

岩坂のキャリアは、このあと大きく転換する。研究を目的に前田建設を離れ、大学院で学ぶことになった。研究は建設施工とは直接関係がない、官民連携、PFIの法制度について埼玉大学大学院の国際政策科学研究科(現・政策研究大学院大学)に入学したのである。1999年に施行されたPFI法によって、従来は行政によって運用されていた公共施設を、民間の資金やノウハウを活用しながら、建設会社が引き続き運営できるようになった。岩坂は法が施行された1999年から埼玉大学大学院に通って修士課程を終え、さらに、その実践として高知工科大学大学院で寄宿舎制小学校と山間遊休地活用の組み合わせによるまちづくりに参画し、博士課程を修了した。こうして、およそ5年間の研究活動のあと前田建設に戻った岩坂は、経営企画や広報の業務に就き、さらにCSR環境部に籍を置くことになった。これらのキャリアのすべては、のちにICIに移ってからの岩坂にとって極めて重要な資産となった。

世の中の変化を捉えて、技術研究所の改修計画がオープンイノベーション拠点の構築へと変貌。

ICI総合研究所の構想は、練馬にあった技術研究所の改修計画を進める途上で生まれた。当初は古くなった施設や設備、実験装置などの更新を予定していたが、ちょうどその頃、世の中では「CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造・官民連携を含めた社会課題の解決手法のビジネス化)」や「アズ・ア・サービス(モノでないサービスとしての〇〇)」という考え方が広まっていた。前田建設は一世紀以上にわたってさまざまな建造物(モノ)をつくることで社会の課題解決に寄与してきた。が、近年ますます複雑化する課題を主体的に解決するためのサービスや付加価値を提供するには何が必要かを模索していた。PFIによる公共施設の運営においても、民間資金の活用という付加価値を見出すために金融機関との共創が大事であったように、今後のサービスや付加価値の提供は、建設会社のノウハウだけでは難しい。そこで浮上したのが建設会社とは異なる価値観、異なる技術やサービスを持つ人たちといっしょになって社会課題に応えていこうという考え方である。社内にそうした機運が高まるなかで技術研究所の改修計画は見直され、オープンイノベーションの拠点となるICIの開設へと大きく舵が切られた。

CSR環境部長となっていた岩坂は、ICI構築に向けた一連の動きを見て、それが前田建設にとって必ずいい流れになるという確信を持っていた。当時、岩坂は寄付やボランティアなどの活動を中心とするCSRの在り方に疑問を感じ、事業を通して困難な社会課題を解決していくCSVこそ、これからの企業が果たすべき役割であり、それが企業の成長にもつながると考えていた。そのためにもオープンイノベーションの仕組みづくりは欠かせなかったのである。

ただし、自社が踏み出したチャレンジに強く共感した岩坂も、自身がその渦中に置かれるとは想像もせず、ICIの立ち上げにはさまざまな困難が伴い、オープンイノベーションの仕組みづくりは大変な作業になるだろうと傍観者の視点で見ていた。ところが2018年4月、岩坂はインキュベーションセンター長としてICIへ異動することになった。ICIの価値創造拠点であるICIラボに移った岩坂は、多少の戸惑いを感じながらも、オープンイノベーションを志向する多くのベンチャー企業とともに社会課題の解決や新しいビジネスの創出に向けて取り組みを開始した。岩坂はここで3年間にわたって経験を積み、2021年4月にICIのセンター長となった。この間、2019年には前田建設が創業100周年を迎え、中長期ビジョンとして「総合インフラサービス企業」を目指すと宣言している。

思いがけないICIへの異動とともに
ファンタジーの世界がリアルに変わった。

岩坂は、CSR・環境部長として外から眺めていたICIへ、どういう経緯で異動し、センター長になったのか。本人に尋ねてみると「実は当時の上司にきちんと確認したことがない」と笑い、「ただ私のキャリア、つまり土木の現場から始まって、PFIやまちづくりの勉強、さらに広報とCSRという一貫性のないキャリアが、オープンイノベーションで何か役に立つかもしれないとの判断かもしれない」と続けた。しかし、ICIと岩坂をつなぐ糸は、仲間とともに20年近く続けてきた“副業”にもあった。

岩坂の“副業”、それは2003年2月から自社のホームページ内で配信を開始したコンテンツ「前田建設ファンタジー営業部」である。アニメやゲームなどの架空世界に存在する建造物を、実際に建設したらどうなるかを工費や工期も含めて検討するもので、第1回は「マジンガーZの格納庫」がテーマであった。制作を始めてみると、さまざまな異業種企業や大学の協力が必要となったため、対価なしを前提に参加を呼び掛け、共鳴してもらった相手を巻き込みながら次々と新しいプロジェクトを進めていった。それは、現在のオープンイノベーションの手法を思わせるもので、協創する相手のメリットを考え、参加者すべてのモチベーションを高める大切さなど、そこで得たノウハウはICIの活動のベースとなっている。「前田建設ファンタジー営業部」は書籍や舞台となり、劇場映画も上映された。また、ICIへ異動する際には「これからはリアルのファンタジー営業部だな」と言って送り出されたというエピソードもある。

こうして、ICIのセンター長として歩み始めた岩坂は、従来のベンチャー企業に加え、大手企業や行政機関との協創、さらに練馬から茨城へと受け継いだ技術研究所の機能にまで目を配り、限りあるICIの経営資源を配分する役目を担うことになった。多岐にわたる業務の絞り込みや優先順位の決定は、岩坂の言葉を借りれば「時に医療現場で行われるトリアージのようにシビアなもの」であった。そうしたなかで奮闘する岩坂に、総合インフラサービス企業として社会問題を解決していく協創のポイントを尋ねると3つの例を挙げた。一つはインフラと金融の協創である。少子高齢化という課題に直面している日本では働き手が少なくなって税収が減り、税金でインフラを維持することが困難になっている。そこでオープンイノベーションによって民間資金をインフラに投資してもらうアイデアを生み出し、その成果を社会に実装していこうというのである。また、インフラとDXやIoT、インフラとVRやXRなどの協創も、コモディティ化したインフラに一棟一棟、あるいは一人ひとりに合わせた付加価値をもたらす可能性を秘めている。もちろん、これらの協創で前田建設のベースとなるのはリアルな建築や土木の技術とノウハウである。オープンイノベーションで社会課題の解決を目指す総合インフラサービスは、すでに具現化の段階を迎えている。

自分が進む道の最適解を見つけて
前田建設で夢物語を実現する。

これから建設業界を目指す若者に向けて岩坂は「自分が何者になろうとしているのか、結論を急ぐ必要はない」と言う。それは自身の経験を振り返ってのことだろう。前田建設にはいくつもの選択肢が用意されている。岩坂はその道をいくつもたどり、やがて自らの最適解を見つけ出した。無駄にしたものは何もなかった。広報時代に培ったプロモーションの手法やCSR環境部で得た知見、ファンタジー営業部におけるノウハウなど、すべてが今、協創による新たな価値創造に活かされている。こうしたオープンイノベーションの取り組みによって、入社後の選択肢は岩坂の時代と比べて格段に広がり、岩坂と仲間たちが「前田建設ファンタジー営業部」を立ち上げたようなチャレンジの風土は、今も社内にしっかりと受け継がれている。

これからのビジョンを岩坂に尋ねると、「遠い未来の夢物語ですが」と前置きして「リアルタイムで地球の声が聞けるようにしたい」と言う。農業や漁業、林業などに従事者だけでなく、すべての人が、川や海の水温の変化、、土の健康度、あるいは木の痛みなどを、センシング技術とITデバイスにより即時に把握して、持続的環境に向けた行動変容を促す仕組みづくりである。それは災害防止やもちろんインフラの機能にも関わってくる。今はまだ漠然とした未来図だが、何しろファンタジー営業部をリアル・ファンタジー営業部に変えた岩坂である。いつかあなたも岩坂チームの一員として、地球の声に耳を傾けているかもしれない。

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