日頃より、難しい顧客の対応に悩まれている方は多いだろう。
前田建設でも様々な発注担当者とお仕事をさせていただく中で、非常に厳しいハードルが設定されてしまうことがある。
東京都千代田区富士見にある前田建設工業株式会社の本社の片隅で、眼下に広がる江戸城外堀の風景をおぼろげに捉えつつ、ファンタジー営業部のA部長は険しい表情で腕組みをしていた。
彼も様々な難しい発注担当者と仕事をしてきた一人である。しかし、会社から・・・いや正確には政府から・・・聞かされた今度の発注者は、少しでもミスをすると即刻、本当に彼の首が飛んでしまうことが確実な相手であった。
そもそも、発注担当者の一人は本当に既に首が飛んでいるし、もう一人は、本来二人とカウントしてもよい、複雑な相手1だった。
「彼・・いや彼女か?・・とにかく、彼らの給与は、一人分で良いのだろうか?・・・」
自身がシビアな状況下にあるにも関わらず、現場所長の経験も多いA部長はつい、そんなこと2にも思いを巡らせながら、今回の難しいミッションを考え続けた。
A部長が首相官邸に呼ばれたのは3日前のことである。
時の首相からの直電に、前田建設の社内は騒然となったが、もう15年も前3になるファンタジー営業部の初受注物件が何だったか、を知っている役職員だけは驚きもしなかった。むしろ彼らは、フジプラントで今、起きている事態を考えれば、前田建設へ首相から連絡が来るのは時間の問題と考えていた。
官邸内の部屋でA部長の顔を見た首相は、挨拶も早々に本題を切り出した。
「A部長、ドクターヘルへの光子力エネルギー供給にあたり工事が必要になった。それに協力してほしい。」
今回ドクターヘルは人類に対し共存共栄を打診してきた。昨日まで死闘を繰り広げた敵との共存共栄・・・各国の意見は紛糾し、合意形成には相応の時間がかかることが明白となった。そこで各国意思統一まで間、窮余の策としてフジプラントの光子力エネルギーをドクターヘル側へ供給することが決定されたという。そのための工事に協力してほしいということだった。
「では、前田建設が光子力プラントの改造工事をすれば良い、ということですね。」
A部長は答えを先回りしたつもりだったが、首相は首を横に振った。
「ドクターヘルは人類を信頼していない。工事において可能な範囲はすべて、彼ら自身で行うと言ってきた。しかし我々のプラントとの接続は、我々でなければ行えない。そのために彼らは、信頼できる日本の建設会社とパートナーシップを組みたいとの要望なのだよ。」
「ここでも『共存共栄』を切り出してきたという訳ですか。」
「その通りなんだ。こんな危険で難しい業務をお願いできるのは、我々の世界を熟知している、前田さんしかいないと思いましてね。」
それを聞いたA部長は窓の外に目をやり、首相もその視線を追った。その先にはかつて、マジンガーZの数えきれない激闘を支えた、光子力研究所の特徴的なシルエットが浮かび上がっている。
富士山をモチーフとしたと言われるその白亜の建築物の足下には、前田建設が担当した4格納庫が今も静かに眠っている。人類の幸せに直結する土木工事、数々の技術的困難も、今となっては光り輝くような思い出だ。もう二度と担当できないと思っていた、やりがいある光子力研究所関連の業務が、前回とは比較にならない大きなリスクとともに、今やってきた。
・・・やがてA部長はまっすぐに首相の目を見て、口を開いた。
「やりましょう。こんなに巨大で眼前にある社会的課題を、本業で解決できる5チャンスはまず、ないでしょうからな。」
「そんなチャンスが今後も多いようでは、政府としても困りますよ。」
二人がほほ笑んだその瞬間、前田建設ファンタジー営業部は、史上最恐の発注担当者と向き合うこととなった。
(2016年のページ1やページ8~10がお勧めです。)をご覧ください。
「部長。なにを今さら、そないな難しい顔してるんでっか。」
B主任の声に、A部長はようやく我に返った。
「部員全員、中会議室に揃うてます。早う始めましょ。」
ファンタジー営業部は前田建設において、マンガ、アニメ、特撮などの世界に存在する構造物の受注を目指す専門部署である。ほぼ全ての案件が、敵や悪者の妨害や攻撃が予想される中での業務となるため、前田建設の社内リスク分析でもこの部署の危険要因欄だけは、例えば『ルストハリケーンの影響による鉄筋・鉄骨の過剰な発錆』など、他の部署では決して見ることがない文言がびっしり書き込まれている。そんな危険を顧みず、いつも明るく業務に励むB主任は、ファンタジー営業部の貴重なムードメーカーである。
会議室に入ると、建築技術者であるC主任、そして新入社員のD職員が笑顔で部長の到着を待っていた。今日はドクターヘルとの仕事の進め方を決めていく、大事な会議なのだ。
「今回のカギは、透明性の確保だ。」
A部長はポイントから説明に入った。
「ご存知のようにドクターヘルは人類を信頼していない。彼の真の目的は、我々人類のいない別の世界を創ることなのだという意見まであるそうだがその真意はともかく・・・そのような発注者の工事で信頼を失えば・・・我々も命の保証はないだろう。」
「ということはやはり、今回の発注者はドクターヘルということなんですね。」
質問したのはいつも冷静なC主任だ。彼が議論を整理し、業務に優先順位をつけることで、ファンタジー営業部は上手く回ることが多い。
「その通りだ。しかし日本政府も一つ条件をつけたのだ。これは我々の安全のためでもあり、世界各国政府のためでもあり、何よりフジプラントの光子力関連技術の流出を完全阻止するためだ。今回の工事は『公共工事の品質確保の促進に関する法律の一部を改正する法律』、いわゆる改正品確法の遵守を発注の条件にする、と。」
「国交省の動きも、さすがに早いですね。」
「この法律要綱にある基本理念はこうだ。『発注者の能力及び体制を考慮しつつ、工事の性格、地域の実情等に応じて多様な入札及び契約の方法の中から適切な方法が選択されること』と。」6
この会話を聞いていたD職員が、わかったぞという顔で会話に入ってきた。
「なるほど。人類との共存共栄を、逆に盾に取ったという訳ですね。虎穴に入らずんば虎子を得ず的な。そういえば、虎さんと言えばゴーゴン大公は・・・」
それをB主任が修正する。
「ちゃうやろ。郷に入っては郷に従えや。」
命の保証がない業務にも関わらず、彼らの議論はいつもこのように脱線から始まっていくのだ。
C主任が話を引き戻す。
「まずは、発注者の能力と体制についてですね。」
A部長はこの質問に間髪入れず答えて見せた。
「今回は、CM方式でいこうと思う。」
「CM方式?・・・CM編成であれば、JR九州の特急「ハウステンボス」や「有明」に充当されている、783系のことだとは知ってるのですが。」
本来、知っていなければならないことを下手に7ごまかしたD職員である。彼はファンタジー営業部に新入社員の時から配属され、未だにピュアで天然なところがあるため、他の部員からは永遠の新入社員と呼ばれている。
「Construction Management方式のこっちゃ。発注者の補助者・代行者としてのコンストラクションマネージャー(CMr)が、技術的な中立性を保ちつつ、発注者側に立って、設計・発注・施工などマネジメント業務を行うんや。」
B主任がすかさず答える。彼は今回ファンタジー営業部に復帰するまで、東北支店の大槌復興CMr作業所8で、まさしくこの業務を行ってきたばかりだったのだ。
「CM方式は、発注者の体制やら、能力の質的・量的な補完やらを図ることが目的なんや。発注者の代行者として、設計の検討、工事発注方式の検討、工程管理、品質管理、法令遵守など、あらゆるマネジメント業務の全部または一部をCMrが行うっちゅうこっちゃな。で、大槌では、そのCMrがウチってわけや。」
D職員は、まだ混乱している。
「難しいですね。今回のプロジェクトでは・・・どうなるのですか。」
「それは私から説明しよう。」
A部長がホワイトボードの前に立った。
「発注者はドクターヘルになる。しかしフジプラントの光子力関連技術は新光子力研究所でしかわからない。そこで発注者支援の特別CMrとして新光子力研究所がここに入る。」
A部長が図を描き始めた。C主任は感慨深そうにつぶやく。
「ドクターヘルと新光子力研究所が仲良く手を取り発注者ですか・・・歴史的ですね。」
「前田建設は光子力供給CMrとして、設計、発注、施工のマネジメント業務に携わる。図で示せば、ここだな。」
A部長が完成させた図は、このようなものだった。
図の一番下を見てD職員が声を上げる。
「調査・設計業務は鉄十字軍団、施工業務は鉄仮面軍団が担当するって・・・なるほど、我々以外にこの人たち、そして今回の業務リスクをコントロールしうる建設会社、世界に無いでしょうねぇ。」
待ってましたとばかりにB主任が説明を始める。
「これはドクターヘル側の要望なんやて。建設費用を少しでも抑えるため、彼ら自身でこれらの業務を行いたいそうや。」
「え、ドクターヘルが出すんですか、今回のプロジェクト費用?」
D職員の質問に、C主任も意見を重ねる。
「費用低減でなく、これは日本の光子力技術や建設技術の習得が、彼らの主目的と考えるべきでしょう?」
「それが目的かも知らんけどな、とにかく費用はドクターヘルと世界各国の分担や。『共存共栄』やからね。技術流出のリスクは政府でも喧々諤々の議論やったそうや。そやからこそ、特別CMrに新光子力研究所、光子力供給CMrに前田という、今回のスキームになったっちゅう訳や。」
A部長が補足する。
「今回、ドクターヘルも日本政府もこのプロジェクトには民間資金、プロジェクトファイナンスの活用を検討するそうだから、上手くいったら驚き9だね・・・ということでドクターヘルは、自らの『配下』を我々にマネジメントしてほしい、との申し出だ。」
そう言って部長はプロジェクターのスイッチを入れ、『配下』達の姿を映し出した。
「うーん・・・ブロッケン伯爵は現場でヘルメット、頭と体と二つ被ってもらった方がいいんですかね?」
D職員のコメントに、B主任も被せていく。
「それ言うたら、あしゅら男爵もホンマは二つ、被ってもらわないといかんのやないか?」
「いや、それは谷沢製作所さんにお願いし、左右別デザインのメットを作ってもらえば一つで済む話でしょう。」
それを聞いていたC主任までが調子を合わせる。
ファンタジー営業部員はこれまでもこんな調子で、どんな難題でも明るく前向きにクリアし続けてきたのだ。どんなに新しい構造物であろうと、それが前例のないマジンガーZの格納庫であろうと、建設プロジェクト毎に異なる複数の力を結集し、期日までに指定通りの品質で竣工させなければならないのが彼らなのだ。そしてそれは、決して試作品ではいけないのだ。
A部長がまとめに入る。
「以上、我々はCMrとして、ドクターヘルにも世界各国の政府にも透明性ある方法の下でマネジメント業務を行わなければならない。我々に不正があれば、日本政府が世界中から糾弾されるし・・・。」
「・・・ドクターヘルは遠慮なく、文字通り我々の首を刎ねる、っちゅうこっちゃ。」
「我々もブロッケン状態ですね。」
「前田建設から鉄十字軍団への転職は堪忍やな。」
その後、A部長は淡々とプロジェクターの画面を進めた。すると、ある写真を見たC主任が質問をする。
「これ何ですか、部長。」
「建機だ。ドクターヘルによると最先端のAIを搭載しているそうだ。」
「IoTにもきっと対応しているのでしょうね。」
「両者とも腕が長い。そこに凄い建設のノウハウがあるのではないか?」
「最先端のi-construction事例になるやろね、今回。」
「私はこのジャイアンF3に塗装された警戒色を見て、ドクターヘルも本気だと思ったね。」
「いや部長・・・これ、そういうことやない、思いますよ。」
B主任がすぐさま突っ込むが、D職員は面白がっている。
「胴体も鉄道レールの断面みたいですし、建設も得意な機械獣なんでしょうね。」
「あとは彼らの騒音、振動やCO2排出量などが注目だがね。このように多様な関係者によって本プロジェクトは進められる。だからこそ互いが納得しながら仕事ができるよう、CMrである当社の役割が重要になってくる。」
A部長のまとめをうけ、C主任は重要な課題を切り出した。
「そして我々には、解決すべき重要な課題が残っています。日本政府が要求する、品確法の基本理念にもある『適切な入札および契約方法』を何にするかです。」
大槌のCMrを経験しているB主任には、A部長がその答えとして何を言うのかすぐに解った。A部長は皆の顔をぐるっと見回した後、B主任の期待通りの答えを口にした。
「そこで前田建設としては『原価開示方式』を採用し、この難局を乗り切ることとする。」
A部長は伝家の宝刀を抜いた。
果たして『原価開示方式』とは何なのか。『原価開示方式』により日本政府は世界各国から信頼を獲得できるのか。そして『原価開示方式』はドクターヘルの魔の手から、前田建設ファンタジー営業部員の命を、守ることができるのか。