No.65

旧渡辺甚吉邸移築活用プロジェクト 座談会③

  
Round-table discussion

座談会旧渡辺甚吉邸の魅力

 
旧渡辺甚吉邸移築活用プロジェクト 座談会

移築後の甚吉邸を初めて訪れる人に
見てほしいもの、感じてほしいもの

──移築が完了すると、多くの人が見学などに訪れると思います。甚吉邸のどんなところを見てほしいとお考えですか。

藤森 やはりディテールを見てほしいですね。

内田 そうですね。それに加えて、こういうものを作った職人さんがいたころの時代も感じてほしいです。現在はトータルデザインというと建築家がすべてという風潮もありますが、建築家と職人が力を合わせいいものを作るという時代がありました。甚吉邸はその好例だと思います。今では排除されることもある手作りの装飾の見事さや豊かさも体感してほしいです。

中谷 一般の見学の方には、発注者のつもりになって見てもらえるといいんじゃないですかね。最高のものを依頼してようやく完成した、そんな心構えで建物に入るのも楽しいと思います。そして、設計者がどう考えたのか、思いを巡らせてみてください。また、この異様なまでの完成度の高さは、特に建築を学んでいる学生に見てほしい部分です。いろいろなところの寸法を測るだけでも、十分設計の勉強になるでしょう。

須崎 特に学生には、細部に至るまで「単なる既製品のアセンブリではない」ということを実感してほしいですね。ひとつひとつがきちんとデザインされていて、大量生産された工業製品とはまったく別物です。
 そしてもうひとつ。一般の人には、この建物は当時の最先端だったということを頭の隅に置いて見てほしいと思います。過去の遺物として「ああ、すごいね、でも自分たちの世界とは違うよね」ではなく、当時最先端だったものをどうやって組み込むか、豊かなものを造り上げるにはどうすればいいのか考え抜かれて建てられた住居です。その高い価値に気付いていただきたいです。

内田 中に一歩入ると、空間の質の高さに気付くはずです。トイレに入っただけでも泰山製陶所によるタイルに見とれてしまい、「このタイル、欲しいな…」と思いましたから(笑)。見ただけでそんな思いを抱くのは、すごいことですよ。

コンセントプレート
外灯

解体部材より

甚吉邸の活用法について思うこと
生活を考える場所として生かすという選択肢

──今後の甚吉邸の活用法について何かお考えはありますか。

藤森 活用に当たって要望を挙げるとしたら、家具の復元ですね。

須崎 今さんの手掛けた家具や室内の意匠。そこにオリジナリティがあるので、実現できたら素晴らしいですね。家具も含めて総合的に設計された空間なので、それを含めて再現されることが理想的です。
 イスなどは残っていますので、3D加工技術によってレプリカなどを作ることもできそうです。

内田 食器やカトラリーも再現できるといいですね。それらも今さんがデザインしたものですから。実はナイフやフォークをよく見ると、鮎のレリーフがあるんですよ。これは甚吉さんの故郷である岐阜を意識した意匠です。

中谷 今さんは考現学の提唱者でもあるので、現代的な意味も含めて生活のデザインを研究する場として活用するのもいいと思います。

藤森 なるほどそうですね。まさにそういうことを考えていた人たちですから。おそらく、今さんも拙郎さんも喜ぶことでしょう。

内田 各部の取手など含め、生活に関するものは全部きちんとデザインされている住宅ですから、あの空間で豊かな生活について考えるのは、とても意味のあることだと思います。それを前提にテーマなどを考えて、さまざまな展示やセミナーに利用するという方法もあります。
 昭和初期という時代を表した、唯一無二の最高峰の住宅。それを見ることができる素晴らしい空間でもあります。今後の住宅づくりを考える上でも大いに参考になる建造物だと思います。

視察の様子

視察の様子

移築中の甚吉邸を視察する座談会の参加者。 あらためて気付く魅力も多い

須崎文代

須崎文代

カトラリー一式

移築中の構造があらわになった姿を見て
あらためて感じる甚吉邸の魅力

──さて、移築中の甚吉邸。現在の進捗率は約60%。竣工は2022年2月を予定しています。皆さんには、移築中の甚吉邸をICIで実際に見ていただきました。あらためてご感想をお聞かせください。

藤森 解体前の甚吉邸を現地で見たときは、わりと小さい家だと思っていたんです。しかし、1軒だけで建っている姿を見て、あらためて中に入ってみると、相当大きいなと感じました。
 そして構造のベースは、完全に日本の伝統的な木造建築ですね。そこにヨーロッパ風の建具や家具をどんどん組み込んでできている。構造的には、まったくヨーロッパ式のところは見当たらないんです。構造がわかる状態で見ることができて、あらためて気付かされました。日本の住宅建築の伝統に、どうやって洋館というものが根付いたのか、その文化的な意義が見て取れる貴重なサンプルです。

内田 私も構造に目を引かれました。いわゆる骨組みがあり、そこに室内のパネル状のものが、入れ子構造的に入っていましたね。建築の専門家としては、これはいったいどんな図面を描いたのかと、思わず考えさせられました。そして、室内で見る壁と実際の構造体の壁の部分との(ふところ)をしっかり設けてあることにも気づきました。甚吉邸のような、さまざまな様式が共存した住居を作るためには、そういう(ふところ)を設けることが必然的だったんだろうと思います。
 そして、先ほども触れましたが、職人の技術のすごさですね。仕上げの技術の高さにはすさまじいものがあります。

中谷 私は、時代を反映した住宅建築だという感想を持ちました。甚吉邸の竣工は1934年で、ちょうど世界恐慌直前の時期です。恐慌以降、建築素材やそれを支える構造はすごく貧しくなるんです。しかし甚吉邸が作られたころは恐慌直前で、構造も含め、意識的なムダというか冗長性がある。モダニズムが置き去りにしてしまった住宅建築の本質がしっかりと残っていた時代の邸宅です。
 そして移築の作業現場としては、素材の管理などが優れています。このタイミングで中を見ることができて、楽しかったですね。

須崎 私は、関わる人たちの技術や想いの強さを感じました。保存していこうとする現在の職人さんたちの技術が、まるで甚吉邸ができた当時の技術と合わさっているような印象です。さらに、当時の新しいものを取り入れようとしたパッションと、現在取り組んでいる移築に関する新技術や想いが融合している気がして、非常に感銘を受ける現場でした。ICIに動態保存されることで、まだ各地に残されたほかの歴史的な建物の保存にも影響を与える存在になっていくといいですね。

藤森照信

藤森照信

解体前写真3

撮影:傍島利浩