No.65

旧渡辺甚吉邸移築活用プロジェクト 移築の意義

旧渡辺甚吉邸移築活用プロジェクト
 

歴史的建築物を後世に残し活用
甚吉邸の移築活用プロジェクトは
総合インフラサービス企業としての役割

執行役員 建築事業本部 建築設計統括部長 森野 聡

執行役員
建築事業本部 建築設計統括部長

森野 聡

 旧渡辺甚吉邸を目の前にした時は、建造当時の建築主、設計者、施工者の情熱を深く感じました。また、長い年月を経た建物ですが維持管理状態が良く、取り壊されることはやはり文化的損失であると思いました。そして、使われている無垢の木部材、そこに施された大胆な彫刻、壁天井にちりばめられた石膏装飾など各所にあしらわれたものは、現在では容易に再現できないものばかり。この、日本式チューダー様式の完成形としての建築に出会えたこと自体が、素晴らしいことです。
 さて、当社は2019年に創業100周年を迎え、現在は総合インフラサービス企業という新たなビジネスモデルの実現を目指しているところです。今回の甚吉邸の移築も、社会ストックである歴史的建築物を後世に残し活用しながら保存していくという、総合インフラサービスの一環といえるプロジェクトです。
 こうした文化財保存は、一般的にはCSR(企業の社会的責任)活動であるという印象があるかもしれませんが、今回のプロジェクトは甚吉邸を当社のICI総合センター内に移築し、加えて新たな施設であるW-ANNEX(仮称)と共に活用するというものです。つまり、より付加価値を高めたCSV(共通価値の創造)活動にまで発展するものになっていくと期待しています。
 なお、文化財の移築に関する設計は、当社としては今回が初めての取組みです。建築史の研究者の方や文化財移築の専門会社などの協力を得ながらプロジェクトを進めています。そして甚吉邸を移築し活用することだけでなく、移築のプロセスを体験し、このプロジェクト自体の工事記録を残すことも、当社にとっては大きな財産になると考えています。
 今年春の竣工を目指していますが、工事中の今だからこそ発見できる面白さがあると思います。皆様の見学を歓迎いたしますので、ぜひ足を運んでいただければと思います。
 さらに、竣工後は、建築家やデザイナーのみならず、さまざまな文化芸術関係者とのコラボレーションの場としても積極的に活用したいと考えています。そこでの意見交換から生み出されるヒントやインスピレーションは、当社のデザインと技術の向上にも寄与するものと考えています。

甚吉邸の文化的な価値をそのままに
新たな命を吹き込む動態保存を目指す

 甚吉邸は建築史家の藤森照信氏に紹介された後に、今和次郎の関連書籍で幾度か紹介されていますが、長年プライベートな邸宅として使用されてきたため、その詳細は明らかになっていませんでした。
 今回の移築プロジェクトで、専門家を交えた実測調査と作図、解体時の部材調査などを行い、ようやく詳しいことがわかってきました。
 チューダー様式・ロココ様式・ロッジ風といった特徴ある内部意匠が建設当時のまま状態よく残っていますが、これらは和小屋※1に大壁方式※2を採用し、化粧材として柱や梁を張り付けるなど、構造部材に縛られないデザインが可能な工法を採用していました。
 その木造架構は部材接合部に金物を使用したもので、壁には筋交を多く設置するなど、当時発生した大地震の教訓に基づいた工夫が施されている構法です。
 さらに、SUS製シンクの台所、水洗トイレ、ロール式網戸といった当時の先端設備を設え、突板合板や老舗百貨店による造作家具などの工業化工法が用いられた、当時の住宅建築の最高水準の経験・知見が投入された設計と施工であることが確認されました。
 このような文化・歴史上重要な建築物を移築復原するに当たり、英国をはじめ日本全国の事例を調査・研究し、単なる展示物としてではなく、多くの人が訪れ非日常空間を体感し、地域社会を交えた文化芸術の振興につながるさまざまな活動ができる動態保存を目指しています。
 そのため、甚吉邸の意匠を損なわないように、現行法規制への適合と最新の空調換気設備などによる快適な室内環境を実現するよう注力し設計しました。
 そして何よりも、解体した部材を余すことなく再用し、史実に基づいて復原することで、完成後に重要な文化財として認められ、次の100年に継承していくことが、私たちの使命だと感じています。

※1 和小屋:垂直な小屋束と水平な小屋梁によって屋根を支える日本式の構造
※2 大壁方式:建築の壁のつくり方のひとつで、柱や間柱のような構造材を壁で包んでしまう方法

建築事業本部 ソリューション推進設計部 CSV推進グループ グループ長 常泉 修

建築事業本部 ソリューション推進設計部
CSV推進グループ グループ長

常泉 修

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