私たちツバメアーキテクツは、設計を担う「DESIGN」と、研究リサーチを行う「LAB」の2部門で活動しています。時間がたつほどに価値が高まり、地域に根付いていく建築を目指しています。
旧渡辺甚吉邸に添える建物を検討するに当たり、甚吉邸が生き生きとするためにはどうすればいいかというところから、仮称「W-ANNEX」のコンセプトを考え始めました。隣接するICI LABは、機密性の高い研究所のイメージがあります。そこで逆に、リビングラボ的なオープンな発想で試行錯誤し、出会いと創出の機会を生み出す場所を探りました。
またコンセプト作りでは、前田建設にとって今、何が必要なのかという点にも注力しました。社員が参加してのワークショップを実施して課題を洗い出し、「外に向けて開いていきたい」という目標を見つけ出しました。そこから生まれたのが、「ICI STUDIO」というコンセプトです。多様な人々や技術を受け入れ、常に変化し続ける“がらんどう”的な余白としての空間作りでした。その余白が外部資源を受け入れ、外部経済を育みます。
W-ANNEXは、甚吉邸に寄り添う存在です。甚吉邸の歴史的な価値やパフォーマンスを高め、多彩な活動ができる場を目指しています。甚吉邸のデザインを踏襲しながら周囲の雑木林に溶け込むような「ネオ・ハーフティンバー」は、メンテナンス性にも優れた従来の国産木材と、半透明のポリカーボネート樹脂という現代の素材を組み合わせたものです。RC構造の1階のコアの上に、木造のトラスの2階が乗った作りを採用し、林の中に木製の架構が浮かび上がって見えます。それが、カーブを描く緩やかなスロープを介して甚吉邸とつながります。
また、多彩な目的で活用できるように、内部は吹き抜けとなっており、可変的なひとつの広い空間としました。展示会やセミナー、上映会などのほか、大型の作業スペースとしても利用できます。1階の開口部は広く取っており、屋外の広場と連続的に運用することが可能です。
W-ANNEXと甚吉邸の組み合わせは、ICIにとって人が出入りすることができる入り口です。新しい力を取り込む装置として働き、ICIの活性化につながるはずです。多様な人が集まって活動をつなげていき、この空間がオープンな存在になっていくことで、W-ANNEXは完成すると考えています。
ICIへの旧渡辺甚吉邸の移築に期待しているのは、まず時間軸の広がりです。現在あるICI LABと同CAMPは、基本的には未来にフォーカスした施設です。一方で、当社が生み出すべきものは時間耐久性のある建造物やサービスなど、長く愛されるものです。そうしたものを生み出していくには、やはり長く評価され続けるものの価値を知る必要があります。ICI内の甚吉邸の存在は、われわれが時間耐久性について考えるいいきっかけになると思います。
また当社はこれまで、主にパブリックの中で最適解となる構造物の建造に注力してきました。しかし、甚吉邸は私邸であり、プライベートな魅力を追求しています。その点でわれわれにとって新鮮で興味深い事例です。芸術性の高い建築を、実際に体感できるのはとても意味のあることでしょう。甚吉邸が存在することで生まれるこうした影響は、当社の設計力、そしてブランド力のさらなる向上につながるはずです。
まだ移築の途中ですが、甚吉邸には特別な吸引力が備わっていると感じます。プロジェクトを通して、すでに多くの新しい人脈が生まれています。そんな甚吉邸が、多様なコミュニケーションの場として機能する点で、W-ANNEX(仮称)が重要なファクターとなります。甚吉邸を借景として語れる空間で、建築や歴史に想いを馳せる時間が、豊かな人材の育成につながっていくと考えています。
そして、地域とのつながりの接点としての役割にも期待しています。ICIがある取手市の事業所や工場などの異業種交流に加え、地域の人が憧れをもって集まる空間になってほしいと考えています。
甚吉邸の存在によって、ビジネスという枠組みから離れ、これまでになかった多様な人たちとの交流が実現できるのではないでしょうか。シンクタンク的にデータと論理でイノベーションを語ることも大切ですが、エンドユーザーとの触れ合いから得られた感覚から、また違ったイノベーションが生まれてくればと考えています。